子供のいない人生だから、できること

『子供のいない人生を歩むことにしました』2nd! ひと山越えて、これからも夫婦ふたりで歩いていく。身のまわりの小さなことから、幸せを発見する日々の記録。

断念こそが絶望から希望への、残された唯一の出口

 

021
おはようございます。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。

今朝は、5時に目が覚めた。
まだ、太陽は昇っておらず、
外は薄暗い。

カーテンと、窓を少し開け、
おふとんの中で、しばしゴロゴロする。

朝のさわやかな風が
窓からそよそよと、わたしのホホに伝わる。

緑の香りがする。
気持ちが良い。

日曜日の思いがけない早起き。

今日は晴天らしく、
そういえば、頭痛がしない。

40歳をすぎてからこっち、
天気が悪い日は、
朝から一日中、頭痛がするようになった。
これを、『気象病』と言うんだそうな。

さて、せっかくの朝だから、
なにか、ピンとくる本でも探してみようかと、
タブレットを手に取る。

いい時代になった。
タブレットやスマホがあれば、
図書館や本屋さんへ出かけなくても、

朝からおふとんの中で
本を探すことができる。

スバラシイ。

さっそく見つけたのはこの本


【対象喪失の乗りこえ方 加藤諦三 著】

 

わたしは、
すぐに読みたいタチなので、
Kindleにダウンロード。

さらさらと、
今、第1章まで読み進めたところで、
ページをめくると、
このように、親切に書かれてあった。

第1章のまとめ

◎対象喪失の悲哀の過程を完遂することが、最高の自分への道である。
◎自ら運命を受け入れるということは、断念することである。
◎断念こそが絶望から希望への、残された唯一の出口である。
◎過去に別れを告げることで、今変えたいことに使えるエネルギーが生じる。
◎悩みは、心理的に未解決の問題の「ツケ」を払わされているのである。

「対象喪失の乗り越えかた」加藤諦三 著 より引用

なるほど。

わたしはときどき、
『どうして自分は元気になれたのかな?』
と、振り返ることがあるのだけれど

その『答え』が見つかっているようで、
でも、それを自分の中からうまく言葉に表現できない。
さて、どうしたものかと。

でも、今日、
この本を読んでいくうちに、

そうか、
わたしは『断念』したから元気になれたんだなぁと。
そう、気づいたのでした。

『断念』というのは、
どうも、『残念』『無念』という意味も含まれているように
わたし個人では考えていて、

そこから先、『断念』したら、
そのあとわたしはどうなるの?と。

でも、
この本では、
『「断念」こそが、絶望から希望への、残された唯一の出口である』と、
説いている。

そーかそーか。
なんと、未来は明るいねと。

わたしが、
『断念』してからこっち、
なんだか、妙に明るくなったのは
『ショックによるハイ状態』なのではなく、

自然と希望が見えてきたから。
当然、そうなるようにできていたのだなぁと。

そしてもうひとつ、
『対象喪失の悲哀の過程を完遂することが、最高の自分への道である』

おお、そうかと。

『子供のいない人生』になったこと、
その『悲哀の過程を完遂』することが、
『最高の自分への道』ということなのねと。

『完遂』とは、国語辞典によると、
『最後までやりとおすこと。完全に成し遂げること。』とある。

うーむ、そうかー。

『子供のいない人生』の悲哀の過程を、
初めから、最後まで成し遂げること。

よし、
これをわたしの胸に刻もう。

そして、
このブログにこれからも記していこう。

もしかしたら、
これが、わたしの生きた証になるのかもしれない。

そうか、
子供ができなかったから、わたしは文章を書き始めた。
ブログを書き始めた。

もしも子供ができていたら、
不器用なわたしは、
『自分自身と向き合う時間』を
意識的に作ることが大事だということにも気づかず、
ブログを書くことすら思いつかず、

ただ目の前の育児に
ひたすら専念する日々を送っていただろう。

さて、
本の続きを読むとしよう。

『本』は時空を超えてやってくる『ともだち』

こんなエライ先生の考えを、
ゆっくりおふとんの中で、
お聞かせいただけるとは、

なんて、幸せなんだと思う
日曜日の朝なのでした。

ではまた!
今日もステキな一日をお過ごしください(^^)

 

今日、気づいたこと

 

わたしが『断念』したことは、
間違いではなかったということ。

 - わたしの本棚